アンティークス タミゼ 吉田昌太郎さん インタビュー (2)
Tuesday, January 19th 2010

- --- 骨董屋で修行されたそうですね。
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ええ、骨董屋に入ったら、古い家を一軒一軒訪ねて、物を探しに行くんだろうなぁって思っていたんです。でも実際は違って、骨董にも市場がちゃんと存在して流通があるということをそこで知って、びっくりしましたね。
- --- 地元で月1回骨董市があるんですが、みんなものすごい早朝から買いに行っているんですよね。朝7時に行って、早いと思っていたら、いいものはほとんど売約済で、店主たちに「来るのが遅い!」と言われました。
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あぁ、早く行く人は、懐中電灯持って探していますからね。
- --- ええ!?
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世界中そうですよ。店の人がトラックから物を出している時に、ゴソゴソと漁るんですよ。 もちろん僕も世界中に行ってもそうですよ。
日本の骨董市も世界の骨董市も一緒です。出店している人同士が探していて、4軒となりの店で買った物を自分の店で売っていたりしますよ。それを業者がまた来て買って、それがさらに高級な骨董屋に置いてあるとか、そうやって物は回っているんです。
古い物には、値段が決まっていないですから、その人その人の価値観で物の値段も変わっていきますからね。 - --- 骨董市で、値段が付いていなくて「いくらですか?」って聞いた時に「いくらなら買うの?」と、逆に聞かれることがありますが、あれはドキっとします。
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あぁ それ嫌なんですよね。堂々と値段を出せ!って思いますね(笑)。
僕は堂々と、これはこういう値段がするなとか、その物がその値段になるだけの理由がちゃんとあるので、すべての物に値段を付けています。
- --- 骨董屋さんに入るのは、緊張してしまって躊躇する人は多いと思うのですが、吉田さんのお店は、鍵がかかっていてブザーを鳴らさないといけなくなったと知って、ますます入りにくいと思っていました(笑)。
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お店を8年くらいやっているんですけど、そこそこ知名度もあがって、周りに他のお店も増えて きたら、僕のお店がルートのひとつみたいになっちゃったんですね。
観光のついでに「あ、ここ骨董屋なんだ〜」って流していくような人が来るんじゃなくて、ちゃんと物を見たい人が来るお店にしたいんです。
内鍵にすることで、まず「こんにちは」って目と目で会話できるし、ゆっくり見てもらって「帰ります」って言ってもらえれば「またどうぞ」って送り出せるからコミュニケーションも増えましたね。
基本的には自由に見てもらいたいんで、黙っているんですけど、逆にそれで無愛想だと思われちゃう時もあります(笑)。
でも、ようやくお客さんがゆっくり見れるコンディションが整ったなぁという気がします。
- --- 吉田さんは「Webちくま」に連載をしていらっしゃいますが、その中の「ちっぽけなものでも過去として終わらせず、全ての物がこれからも何らかの形で引き継がれていけるようにするのが自分の仕事」という文章が印象に残っています。
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目的を失ったものはどんどん捨てられたり壊されてなくなっちゃうけれども、器にしても建物にしても、とりあえず使ってみる、捨てたり壊したりするのは、その後で考えればいいんじゃないかなと思っています。壊されてから気付いても遅いから。だから そういうことに「待った」をかけているのが僕の仕事ですね。
そのかわり、ただ売るんじゃなくて、物の力はもちろん必要ですけど、演出の力も必要だと思うんですよね。
なんでも白いテーブルの上に素朴なものを置けばいいってもんじゃなくて、 やっぱり自分の感覚で、「このテーブルにはこのお皿だろう」とか、光はこうあてるとか、物も持ち上げてあげないとね。
ちゃんと考えて置けるかどうか、そこにちゃんと自分の哲学が入っているかどうかが大切だと思っています。 - --- 本日はどうもありがとうございました。

(次ページでは、吉田さんのお気に入りのCDとDVDを挙げていただきました!タミゼ的な素敵セレクトをぜひご覧ください!)
- 新刊『糸の宝石』(ラトルズ) 吉田昌太郎
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“アンティークス タミゼ”店主の吉田昌太郎さんが、パリの蚤の市で見つけた箱。
そこには、レース編みが貼り付けられた紙片や手芸雑誌を綴じたものなどが、ごっそりと放り込まれていた。
かつて西洋では宝石とならぶステイタスであったというレースの歴史とともに、ある一家の物語にも思いを馳せることができる、美しいものの記録。
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- 糸の宝石
吉田昌太郎 - 2009年12月(ラトルズ)

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吉田昌太郎
1972年、母の実家である東京で生まれ、栃木の黒磯でキャンプ、釣り三昧で育つ。
18歳で東京に移り美術学校で工業工芸デザイン(テキスタイル、陶芸)を学び、卒業後テキスタイルデザインの会社を経て、その後いくつかのアルバイトを重ね(彫刻、グラフィックデザイン、本屋など)、1996年から骨董屋にて4年間修行する。
2001年より麻布十番にて「antiques tamiser」(アンティークス タミゼ)をオープンさせる。
2005年、現在の恵比寿に移る。
2009年秋栃木県黒磯駅前に「tamiser kuroiso」をオープン。 黒磯と東京を行ったり来たりの生活がはじまる。
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